「大王様の初夢」








照明灯の火が消えていく。                                

『なんやもう終わりかいな』                               

オノは一人、そうつぶやいた。                              

一際大きな声が響き、オノは振り向いた。守備のハドルがとける。バラバラのメッシュやユニフォ
−ムを着た選手達が三々五々引き上げはじめた。その中に混じって守備コ−チ陣が満足気にこちら
へやってきた。歩きながらチャ−トを指さし相談している者もいる。             

『なんとかなるかもしれん』                               

『ほんまはもっと時間欲しいな』                             

『まあ、まだ試合まで時間はあるし』                           

『やってみなわからんよ』                                

自信とも不安ともとれる雑談が聞こえてくる。                       

『いける、いける!』                                  

笑顔でそう言ったのはヒライだった。                           

今度は攻撃のハドルが終わった。引き上げる選手の群とともにバインダ−を叩きながらイバラギが
攻撃コ−チを引き連れてやってきた。                           

『まあ〜まだまだやな!』                                

そう言いながら満足気な表情を浮かべた。                         

『ま、さすがに皆飲み込み早いわ』                            



『うらやましい限りやねえ』                               
そうイバラギに言われたオノは、誰に言うでもなくつぶやいた。               


『今度は勝たなイカンからねえ』                             


20XX年12月某日。西宮スタジアムでは、来年1月に行われるIVYリ−グ選抜との試合に向
け合同練習が行われていた。このBOWLゲ−ムは復活して3回目を迎えている。しかし過去2回
ともダブルスコアで日本は破れていた。以前継続して行われていた時期とスコア的な差は大きく変
わっていない。しかしコ−チ陣はより確かな手ごたえを感じはじめていた。          
それは過去2回の対戦で                                 

『IVYを本気にさせる』                                

その事に成功したからだった。                              


今年の関西選抜を率いるのはオノである。オノは数年前に監督に就任した。そして就任早々関西学
生リ−グを連覇した。うち甲子園出場は一回に止どまったものの、それも当然勝利してみせた。す
っかり戦国リ−グと化した関西学生リ−グは5年連続プレ−オフが行われている。かつて3強とい
われたチ−ムの他にプレ−オフに進出した面々は多彩だ。国立大決戦を制したチ−ム、3度目のプ
レ−オフ出場となったアスリ−トチ−ム、多彩な攻守で初制覇したチ−ム。そして何十年ぶりかの
甲子園出場を果たしたチ−ム。リ−グ戦の主役はそれだけではない。北陸代表はDIV.1参入3
年目を迎え、東海代表は2度目の昇格を先週果たしたばかり。DIV.2の中位までは十分にDI
V.1でやっていける戦力を持ちはじめていた。少し負けが込むとすぐ降格してしまう。全勝優勝
が有りえないだけに、同率優勝を逃すと一気に下位に転落。数年前とは比べ物にならない程の激し
い戦いが繰り広げられ、シ−ズン観客動員は遂に20万を越えた。そんな大激戦が毎年続く中で連
覇した事の持つ意味は大きかった。オノは自信を深めていた。それがゆえに、今日ここで関西選抜
の練習に加わっている事に最初はジレンマをおぼえた。最高のメンバ−に最高のスタッフ。これで
勝負できるのはコ−チ名利に尽きる。そういった意味では確かに、ここは『最高の場所』である事
は間違い無かった。コ−チ陣の顔ぶれをもう一度見た後、オノは独白した。          



『このスタッフやったら絶対負けへん』                          


すっかり暗くなったフィ−ルドには車座に座り話し込んでいる選手達が島のように点在している。
2人のキッカ−は納得が行かないのかまだフィ−ルドゴ−ルの練習を続けている。       

『今年はモラ−ルが高いね。さすがいいメンバ−は一味違う。』               
モチベ−タ−らしくハセベはそう言った。                         

『おおい!もう上がりや〜』                               


ダグアウトの明かりに照らされ緑のドアが際立ってみえる。オノはコ−チ陣の最後尾をゆっくりと
した足取りで続いた。ドアを開けながら誰に言うでもなくヒライがつぶやいた。        

『明日勝つんかなぁ』                                  

『勝つでしょう』                                    

『そら勝つで』                                     

『勝つよ』                                       

他のコ−チが歩きながら答える。『勝つよ』という声が廊下で響いた。            

そう、明日は甲子園BOWLだ。                             









甲子園は昨年からスタンドの様相が大きく変わった。特設スタンドが大型化され、ついに収容人数
5万人を越える大スタジアムとなったのである。観客で埋まったバックスタンドを見回しながらオ
オタは思った。                                     

『随分雰囲気が変わるもんやなあ』                            

感心した様子で今度はメインスタンドを見渡す。すでにブラスバンドが到着し応援歌が流れはじめ
ていた。オオタの様子に気が付いたアナウンサ−が声をかける。               

『オオタさんは変わってからは初めてでしたっけ』                     

『はあ。フィ−ルドから見るのはあの時以来で...』                   

『ああ、そうでしたねえ』                                

『いやでも、立派なスタジアムになって。向こうはこんな感じですよ。』           

するとコニシキがマイクを付けてもらいながらオオタの方を向いて言った。          

『そう。こんなかんじね』                                


VTRの準備が済んだようだ。カメラの前にオオタはコニシキ,アナウンサ−と並んで立った。T
Vモニタ−を見ると自分達の背景にはバックスクリ−ンが斜めに映りこんでいる。       

快調に喋るアナウンサ−。                                

『そして特別ゲストとして、もう一方、昨年までNFLサンディエゴ・チャ−ジャ−ズで活躍され
ましたオオタさんにお越し頂いています。』                        

『サムライ・ガンで有名 ね』                              

NFLでオオタは3rdキッカ−として登録されていた。正キッカ−の負傷で急きょ出番がやって
きたのだが50ヤ−ドを越えるフィ−ルドゴ−ルを連発。一躍アメリカでも有名になった。   

『マイニチ甲子園BOWL、スタ−ト!』                         

『ハイ!!OKで〜す』                                 





天気は快晴だ。                                     









大きな窓から光が差し込んでいる。今年のケ−ブルTVの目玉は、タケダとミズノという関西を代
表する監督経験者によるダブル解説という前代未聞の企画である。              

『まあ〜ひところに比べたらホンマに大変ですわ。毎年入れ替え戦覚悟で始めてますから』   

『いやでもミズノさんの所はホラ、若い方がおられるから』                 

『いやいやいや先生の所のオノ君にやられましたからなぁ去年は』              

すでに好調だ。                                     





ミズノは1年前に監督を引退した。                            

ミズノは日本初のフットボ−ルコ−チの学校を創設したのだった。フットボ−ル技術の発展と特に
地方の振興策としてとスタ−トしたのだが、彼の卓越したマネジメント能力が遺憾なく発揮されて
いる。また関西の各チ−ムもそれを支援している。コネクションを生かし講師として外人コ−チを
紹介するチ−ム。また独自のフィジカルトレ−ニングメニュ−を公開するチ−ムも現れた。生徒は
30名。もちろんNELやNFLE経験者も教壇に立つ。ここを卒業したコ−チの斡旋も順調。ミ
ズノは来週から1週間の出張講習に九州へ出かける。                    


引退は自分の事業が大きくなってきた事も要因だが、順調に後継者が育ってきた事も大きかった。

『順調じゃないですか。私なんか今だにカ−ッとなってフィ−ルドに降りかける事がありますよ』

『いやいや、まだまだですなぁ〜。どうもこの育成という事に関してはねぇ...』      

ミズノはそうタケダに話をしながら、フィ−ルドから目を離す事は無かった。         
すでにアジリティ−が始まっていた。前夜の雨で水を含んだ芝がキラキラと光っていた。    




タケダの目線の先......。                             

フィ−ルドからやや下がった所にある、ディレクタ−チェアに座った男の背中が見える。    

男は微動だにせずフィ−ルドを見つめ続けている。                     

真紅のユニフォ−ムを身にまとった選手たちがサイドラインに引き上げてくる。        
男がそれを見守る眼差しは、我が子に対するそれよりも暖かく且つ厳しい。          

監督アベの訓示を受けた選手たちは流れるようにディレクタ−ズチェアの前に集まった。    
男はゆっくりと立ち上がる。                               

顔を上げた。                                      

その眼光に衰えは無い。                                 

ゆっくりと全員の顔を見渡す。                              

低く、強く、語った。                                  


『死んでも勝て』                                    


その直後彼らは轟音ともとれる咆哮とともに真紅のうねりとなりフィ−ルドヘ羽ばたいて行った。









監督モリにとっては甲子園初登場であった。                        

守備はムラタ,攻撃はフジタが担当する体制に落ち着いた。就任1年目はオノ率いるチ−ムとのプ
レ−オフとなったが、好キッカ−を擁する相手に僅差で破れた。今年は雪辱はしたものの国立大決
戦に破れ,プレ−オフでの一騎打ちに辛くも勝利したのだ。                 

インカムでムラタと話終えた後、ふと前を見ると、ペイントのそげ落ちたヘルメットを抱えた選手
が上気した顔で通りすぎた。グレ−のテ−プも取れかけだ。                 

久しぶりの甲子園だ。                                  



ホイッスルが鳴った。                                  


太く重い地鳴りが聞こえる。                               


ボ−ルは永遠とも思われる時間の中を、冬の青空を突いて高く高く伸びていった。       







おしまい。                                       


この物語はフィクションです。                              
実在する人物、団体とは一切関係有りません。                       
全て大王の創作です。                                  

1999年1月9日                                   


                                            以 上 


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